水戸地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決 1963年6月01日
原告 石沢米蔵
被告 茨城県
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告の申立
(1) 原告が茨城県那珂郡山方町立北富田小学校助教諭の地位を有することを確認する。
(2) 被告は原告に対し、昭和三二年八月一日から本訴確定の日の属する月の末日までの間一ケ月金八、八五八円の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二、被告の申立
(一) 本案前の申立
原告の訴を却下する。との判決を求める。
(二) 本案の申立
主文と同旨の判決を求める。
第二、当事者双方の主張
一、請求原因
(一) 原告は、昭和二九年七月一五日、有効期間三年間の小学校助教諭臨時免許状を取得し、同年同月一六日から茨城県那珂郡山方町立北富田小学校助教諭として同小学校に勤務していたところ、訴外茨城県教育委員会(以下県教委という)は、昭和三二年七月三〇日付原告宛文書をもつて原告に対する右免許状が失効したので失職になつた旨の通知を発し、原告は同年八月一日右通知書を受領した。そして、原告は当時被告から一ケ月金八、八五八円の給与を受けていたのであるが、同日以降は右小学校への出勤を拒否されたのみならず、右給与の支払も受けず離職したものとして取扱われている。
(二) しかしながら、原告は依然として前記北富田小学校助教諭たる地位を有するものである。その理由は次のとおりである。
(1) その資格要件として免許状を必要とする教育公務員の場合において、取得せる臨時免許状が有効期間の満了により失効したからといつて、それと同時に当然に当該教育職員がその職をも失うことにはならないのである。
元来、身分法と資格法とは異るものであつて、資格法たる教育職員免許法上教員たる資格を失つても身分法たる地方公務員法の規定により離職する場合に該当しない以上、当該職員はなおその地位を保有するのである。そして地方公務員法第二八条第六項、第一六条の定めている当然失職の事由中には免許状失効の場合は規定されておらず、従つて、当該教員の地位を失わせるためにはその者に対する免職処分がなされなければならない。
県教委の右のような処分のない本件においては、原告は未だ前記小学校助教諭たる地位を有しているものといわねばならない。
(2) しかして、右の点について詳述すれば次のとおりである。
(イ) 当然失職の場合は、地方公務員法第二八条第六項、第一六条各号に制限列挙されているのであつて、これ以外に当然失職はありえない。
教育職員免許法は、単に資格の授与について定めたものに過ぎないのであつて、任用、罷免等のことを定めたものではない。免許状を取得しても当然任用されるものではなく、免許状が失効したからとて当然に失職するものではない。
(ロ) 地方公務員法第二二条によると、公務員の任用には条件付任用と臨時的任用との二種類のほかないことが明らかである。
原告は臨時免許状によつて任用された者であるけれども、免許状の種類と任用の種類とは無関係である。同条第二項により臨時的任用を行う場合は、同項所定の要件のもとに人事委員会の承認を得て六ケ月をこえない期間で行うことができるに過ぎない。しかるに原告の場合は、これらの要件を具えていないのであるから、臨時的任用ではなく条件付任用であつて、六ケ月の条件付採用期間を経過すれば、六ケ月前に遡つて正式採用としての効力を生じ、一般の公務員と同じく同法の身分保障規定を全部受けるに至るものである。
県教委は、臨時免許状の有効期間が三ケ年であることを理由に原告の地方公務員法上の地位が臨時的任用で三年間の任用であるとの錯覚に陥つているものの如く思われる。
(ハ) 教育公務員の任用と免許状の有無、その種類とは無関係である。教育公務員の任用の実際は、免許状のない者を地方公務員法第二二条に基づき採用して後日臨時免許状を交付するのが各県共通の現象となつている。免許状失効の場合のみ地方公務員法を論ぜず身分を失うと解釈するのは偏見といわねばならない。
(ニ) 免許状が失効すれば、教育職員免許法上の資格を必要とする教育に従事することは影響を受けるかも知れないが、地方公務員は教員に限られるわけではないから、これにより当然に地方公務員の地位を失うものではない。右の地方公務員としての地位を失わせるには、別に辞令をもつて免職を発令すべきものである。およそ辞令を用いず公務員の身分の得喪をなし得ると考えることすら行政法の根本理論に反する。
(3) 県教委の解するように、免許状の失効とともに当然に身分を失うという法律解釈をすることは、憲法違反である。憲法第一五条第一項は、公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利であると定め、又同条第二項は、すべて公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないと規定する。右規定は公務員制度の基本をなすものである。すなわち、右規定の趣旨は、公務員の選定、罷免がすべて直接国民によつて行われねばならないことまでは意味しないけれども、少くとも公務員の任用、勤務条件、分限及び懲戒、服務関係などの公務員の職に適用すべき根本基準が国民の意思に基づいて制定される法律によつて定めらるべきであることを意味するものである。反面からいえば、公務員は法律の定める基準によらなければ罷免されないことを意味している。
又、公務員は国民全体に対し忠実義務を負い、更には国民一般に比較して加重された公共的義務を負担している。従つて公務員はその職責にふさわしい待遇を受け、その身分を保障されなければならない。公務員の職の公共性、公務員の国民全体への忠実義務と公務員の身分保障とは、公務員制度に固有の本質的なものであり、憲法上の要請でもある。このことは国家公務員法あるいは地方公務員法のいずれの適用を受ける場合であれ、すべての公務員についていえることである。
以上のような憲法上の公務員制度の建前から見て、原告の如き教育公務員につき法律上の正当な理由もなく、又その法律上の根拠も明示されず、前記のように当然失職の解釈をとることは違憲である。
(4) 以上に述べたところが理由がなく、かりに前記県教委の発した失職通知が職を免ずる旨の行政処分にあたるとしても、そして原告が臨時的任用であつて、地方公務員法の適用を受けないとしても、一般労働法の適用を受けるのが当然である。それゆえ、原告に対する本件解雇は、第一に一ケ月の予告期間を置かず、予告手当を支払わずしてなした解雇で労働基準法第二〇条の規定に違背し無効である。第二に正当な理由がなく、かつ信義則に違背してなされたものであるから無効である。
(5) 原告は、本件臨時免許状の失効に先立ち、昭和三二年六月二二日付で免許状の再下付の検定出願をしたところ、県教委は原告を不合格とした。しかして県教委は免許状授与権と任命権とをともに持つことを利用し、免許状再下付の検定に藉口して、裁量権を濫用して不合格処分をなしたものである。従つて右検定不合格処分は無効少くとも取消さるべきものであるから、原告は依然として前記山方町立北富田小学校助教諭たる身分を有するものである。
すなわち、原告は免許状再下付の検定合格のため必要とされている単位を、茨城県における合格基準たる九単位をはるかに上廻る二二単位もとつていたものである。ところが原告はかねてより教育事務研究のため進んで参考図書を購入し教育研究に研鑚していたところ、前記小学校の校長訴外島根政雄が原告の読書傾向等を不適当として、右図書の処置その他について指示したことから、いわゆる「焚書事件」なるものが発生して有名となつたのであるが、これについては原告になんら責めらるべき点はなかつたにもかかわらず、県教委は原告を好ましからざる人物であるとして、故意に免許状の有効期間の満了を利用して原告を離職させるため、なんら首肯すべき理由がないのに原告に対し検定不合格処分をなしたものである。右は裁量権の濫用以外の何ものでもない。「焚書事件」を理由として免職に追いやつたものと考えざるをえない。
(三) しかるに、県教委は原告がいまなお前記山方町立北富田小学校助教諭たる地位を有することを認めず、失職したものとして取扱い、被告また原告に給与の支払いをしないので、被告との間において原告が右の地位を有することの確認及び被告に対し昭和三二年八月一日以降本訴確定の日の属する月の末日までの間一ケ月金八、八五八円の割合による給与の支払を求める。
二、被告の本案前の主張
原告は、市町村立小学校助教諭の身分は当該市町村に対し費用を負担する都道府県に属するものであり、原告の身分は被告茨城県に所属するものとの前提の下に、本件訴訟を提起したものと思われる。しかしながら、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年法律第一六二号)第四三条によると、県費負担教職員の任命権者は都道府県教育委員会であるが、これらの教職員の勤務する学校は市町村立の学校であり、その従事する事務は市町村の事務であるとされているのであるから、教職員の身分はその勤務する当該市町村に所属するものである。従つて原告の身分は、被告茨城県にではなく、訴外山方町に属するのであるから、被告茨城県は本件訴訟につき当事者適格がないものである。よつて原告の訴は不適法である。
三、本案に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)項の主張事実は認める。
(二) 同上(二)項の(1)の主張は争う。
教育職員免許法第三条第一項によると、「教育職員は、この法律により各相当の免許状を有する者でなければならない」と規定されており、いわゆる教育職員の免許状主義を明らかにしている。
この規定の趣旨は、教育職員についてはその職務の特殊性に鑑み、同法所定の免許状を有することを教育職員たる身分を取得するための資格要件とするとともにその身分の継続も右の資格の保有を前提とし、免許状が失効し、右の資格を失えばその身分も当然に失われるものとするにある。
しかして、原告が本件臨時免許状の下付を受けたのは昭和二九年七月一五日であり、右臨時免許状は昭和三二年七月一四日失効すべきものであつたのであるから、原告は右免許状の失効とともに当然に教員たる身分を失つたものであり、前記山方町立北富田小学校助教諭たる地位をも失つたものである。
なお、原告は右免許状の失効に先立ち更に臨時免許状の授与を受けるべく、昭和三二年六月二三日授与権者たる県教委に対して検定の出願をしていたのであるが、これに対し県教委が免許状の有効期間経過後である同年七月二二日付で検定不合格の通知をし、同月三〇日付で失職通知をしたものであるから、原告としては免許状授与のための検定が不合格となりあらたに免許状の授与を受けられなかつたものである以上、従前の免許状の失効とともに教員たる身分を喪失したものといわねばならない。
(三) 同上(二)項の(2)の主張は争う。
もつとも、原告主張のように臨時免許状所有者の採用は本採用であつて、臨時的任用ではないこと、県教委の授与する臨時免許状の有効期間は、茨城県教育職員免許状に関する規則(昭和三〇年茨城県教育委員会規則第三号)第二二条の規定によつて三年であることは認める。又、原告主張のように小学校助教諭の職につこうとする者に対し、予めその基礎資格等を調査し未だ免許状を本人に交付していない場合であつても、任命権者において免許状の取得確実の者の採用を決定し、その後に助教諭免許状を授与したこともある事実は認める。しかし本来助教諭免許状は普通免許状を有する者を採用できない場合に限り、教育職員検定に合格した者に授与するものであるところ、かかる助教諭採用の性格からしてその免許状授与手続が遅れることもあり得るのであつて、原告が前記(二)、(2)、の(ハ)において主張するような措置は学校運営上並びに事務手続上やむをえなかつた措置である。
(四) 同上(二)項の(3)の憲法違反の主張は争う。
(五) 同上(二)項の(4)の主張は争う。
原告は、解雇されたものではなく、当然失職したものであるから、これに解雇予告期間をおかず、かつ予告手当を支給しなくとも労働基準法に違反したことにはならない。
(六) 同上(二)項の(5)の主張は争う。
もつとも、原告主張の如く、原告が昭和三二年六月二三日本件臨時免許状の失効に先立ち、再下付の検定出願をなしたが不合格となつたこと、県教委が同年七月二二日右検定不合格の通知を原告になしたこと、及び原告が右免許状再下付申請をなした当時検定必要単位中二二単位を修得していたことは認めるが、その余は争う。
県教委が免許状再下付の検定基準単位を九単位と定めたことはない。又原告に対する右検定不合格処分は、原告のいわゆる「焚書事件」なるものと直接の関係はなく、原告の主張するような裁量権の濫用はない。
四、被告の本案前の主張に対する原告の答弁
原告の身分が被告茨城県に存するか、それとも訴外山方町に存するかについては、次の二つの基準から考察すべきである。先ず第一は給与負担者であるかということ、第二は任命権を持つ者であるかの点を考えるべきである。
しかして、現行法制では原告のような市町村立学校の職員に対する給与負担者は被告であり、任命権者は被告の教育行政機関である県教委であるから、原告の身分は被告茨城県にあると考えるべきである。訴外山方町の教育委員会は単に服務監督権を有するのみであるから問題にならない。
仮りに原告の助教諭としての身分が訴外山方町にあるとしても、少くとも被告は原告に対し給与を支払う給与負担者であるから、その意味において原告は被告との間に請求の趣旨の如き身分の確認を求める利益を有するものであり、従つて被告も亦当事者適格を有するものである。被告の主張は、いずれの観点からするも理由がない。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、被告の本案前の主張について
本来当事者適格なるものは、何人を訴訟当事者として、すなわち原告あるいは被告として訴訟を担当させることが当該紛争の解決につき必要かつ有意義であるかという問題であり、通常は当該訴訟物たる権利義務の帰属主体ないし管理処分の権限ある者が正当な当事者とされるのであり、これらの者が原告あるいは被告として訴訟に関与することによつて主観的な訴の利益を全うするものと考えられるのである。
ところで、本件においては、原告は被告茨城県に対し、原告が山方町立北富田小学校助教諭たる地位を有することの確認並びにこれを前提として原告が失職したものとして取扱われた日以後の未払給与の支払いを訴求するものであるが、前記の趣旨からして公法上の当事者訴訟の一種である身分確認訴訟においては、その者に対する任免等その地位を左右し得る者ないしは任免権ある行政庁の属する地方公共団体が正当な当事者たりうべきものであり又公法上の給付訴訟においては最終的に費用負担の義務者を相手方とすべきものといわねばならない。
しかして、地方自治法第二条第三項第五号によると、地方公共団体は学校等の教育関係営造物を設置、管理し、教育に関する事業を行うこととされており、又地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三〇条によると、地方公共団体は法律で定めるところにより学校等の教育機関を設置することができるものとされていることからすると、市町村立学校の教職員の勤務する学校は、当該市町村の設置、管理にかかるものであり、その従事する教育事務は市町村に属するものといわねばならない。しかしながら、市町村立学校職員給与負担法第一条によると、市町村立の小学校等の教職員の給与等の費用はすべて都道府県の負担とする旨定められ、又同法第三条は前条の教職員の給与等については都道府県条例でこれを定めると規定している。又、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三七条第一項は、市町村立学校職員給与負担法第一条及び第二条に規定する職員いわゆる県費負担教職員の任命権は都道府県教育委員会に属するものと定め、同法第四二条は県費負担教職員の給与、勤務時間その他の勤務条件については、地方公務員法第二四条第六項の規定により条例で定めるものとされている事項は、都道府県の条例で定めると規定し、他面同法第四三条第一項によると、市町村教育委員会は、県費負担教職員の服務を監督することとされているのである。すなわち、以上を通覧すると、いわゆる県費負担教職員については、その従事する教育事務は市町村が行い、市町村教育委員会がその服務の監督をするが、給与等の負担者は都道府県であり、その任免権は都道府県教育委員会に属するものである。
そうすると、原告が右にいわゆる県費負担教職員であるとして請求の趣旨のような身分の確認を訴求するについては、任免権を有する県教委が属し、かつ給与等の費用負担者である被告茨城県を相手方とすべきものと解するのが相当であり、なお本件のように未払給与の支払を訴求する前提として身分の存在確認を求めるに当つては、後述のように給与の支払を求める訴訟が費用負担者である被告茨城県を相手方とすべきものである以上、身分の存在確認においても、被告茨城県を相手方としてはじめて主観的な訴訟利益を具備するものと認めることができるであらう。
次に、前述のように、市町村立学校職員給与負担法第一条によると、市町村立学校の教職員の給与等は都道府県がこれを負担すべきものとされているのであり、給与等の費用に関する限り市町村はその負担者と定められていないのであるから、市町村立学校教職員が給与等の支払いを訴求するには費用負担者である都道府県を相手方とすべきものといわねばならない。けだし、給与等の費用支払の面においては処分権は最終的に都道府県に属しているのであり、都道府県を相手方としなければ当該訴訟における給付判決に応じて給付義務を履行することが他の者にとつては法律上不可能であるからである。従つて本件においても、原告が前記の未払給与の支払いを訴求するには費用負担者たる被告茨城県を相手方とすべきものであるといわねばならない。
そうすると、本訴各請求においては、いずれも被告適格に欠くるところはないので、被告の本案前の抗弁は理由がない。
二、本案に対する判断
(一)、原告が昭和二九年七月一五日県教委から有効期間三ケ年の臨時免許状(小学校助教諭免許状)の授与を受け、同月一六日から茨城県那珂郡山方町立北富田小学校助教諭として同小学校に勤務していたこと、右免許状が有効期間の満了により失効するので、原告は再度臨時免許状の授与を受けるべく、右有効期間の満了に先だち昭和三二年六月二三日頃検定出願をしたが不合格となつたこと、右免許状が同年七月一四日限り有効期間の満了により失効したこと、県教委が同月三〇日付原告宛文書をもつて原告に対する右免許状が失効したので失職になつた旨通知を発し、右通知が同年八月一日原告に到達したこと、当時原告が一ケ月金八、八五八円の給与を受けていたこと、そして原告が右失職の通知を受けた後は、給与の支払いを受けないのはもとよりすべて失職したものとして取扱われていることは当事者間に争いがない。
(二)、原告は、身分法と資格法とは異なるものであつて、資格法たる教育職員免許法上有効期間の満了により免許状が失効し教員たる資格を失つても、身分法たる地方公務員法の規定により離職する場合に該当しない以上、当該教員はなおその地位を保有するものである旨主張するから、まずこの点について判断する。
教育職員免許法第三条第一項は、「教育職員は、この法律により授与する各相当の免許状を有する者でなければならない。」旨規定し、いわゆる免許状主義を明らかにするとともに、同法第二二条において、「第三条の規定に違反して、相当の免許状を有しないのにかかわらず、これを教育職員に任命し、若しくは雇用し、又は教育職員となつた者は、一万円以下の罰金に処する。」として、相当の免許状を有しない者が、右免許状主義の建前に反し事実上教育職員としてその職に就きその職を保持することを防遏しようとしていることが認められる。以上の規定の趣旨を教育職員免許法の目的に照らして考察すると、教育職員はその職務並びに地位の特殊性に鑑み、相当の資質の保持を必要とされるところから、同法所定の各相当の免許状を有することを教育職員たる身分を取得するための資格要件とするとともに、更にその身分の存続も亦右の資格の保有を前提とし、免許状が失効に帰し、右の資格を失えば教育職員たる身分も当然に失われるもの(すなわち、教育職員が同法所定の資格を喪失すれば、これに対する任命権者において地方公務員法上における免職等の措置に出るまでもなく、当然にその地位を失うもの)と解するのが相当である。
そして、原告が昭和二九年七月一五日取得した小学校助教諭の臨時免許状が昭和三二年七月一四日限り三ケ年の有効期間の満了により失効に帰したものであることは前述のように当事者間に争いがないのであるから、右免許状の失効前に更に相当の免許状を授与されていたのでない限り、原告は右臨時免許状の失効とともに教育職員たる地位をも当然に喪失するに至つたもの、すなわち前記北富田小学校助教諭たる地位をも失つたものといわねばならない。
ところで前述のように、原告が右臨時免許状の失効に先立ち更に免許状の下付を受けるべく、昭和三二年六月二三日県教委に対し検定出願をしたが、不合格となつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証によれば不合格の通知は同年七月二二日付でなされたことが認められる。
そうすると、原告は右免許状の失効前又は失効後において更に相当の免許状を授与されたことはなく、しかも後述のように右検定不合格処分が裁量権の濫用等の理由により違法であると認めるに足る証拠もない以上、原告としては、従前の免許状が有効期間の満了により失効したことにより教育職員免許法所定の免許状を全く有しないこととなり、その資格を失つたものであるから、同時に当然に教育職員たる身分をも喪失したものというほかはない。
叙上説示したとおり、教育職員はその資格の喪失に伴い当然にその地位をも失うものと解すべく、これと異る見解に立つ原告の右主張は理由がない。
(三)、次に、原告は、教育職員はその資格の喪失とともに当然にその身分をも失うに至ると解することは、憲法第一五条第一項第二項に違反する旨主張するので判断する。憲法第一五条第一項第二項は、国民主権の理念の下における公務員の本質を明らかにしたものであつて、同条第一項はあらゆる公務員の終局的任免権は国民にあり、すべての公務員の選任および罷免は、直接間接に主権者たる国民の意思に依存するように、その手続が定められなければならないというにあり、同条第二項は公務員の職務の公共的性格を明らかにし、すべての公務員は国民全体の利益に奉仕すべき者であるとしているのであるが、原告の主張するようにすべての公務員の身分保障を直接の趣旨とするものではないのである。
しかして、教育公務員については、その資格要件として免許状主義を採り、一般公務員と異なる資格要件の制限を設けたとしても、かかる制限はその職務の特殊性からして合理的なものとして是認されるのであり、右免許状主義の結果、教育職員としては、その資格を喪失することによりその地位をも当然に失うに至るとの、いわゆる当然失職の解釈をとられることになるとしても、何ら前記憲法第一五条第一、二項の趣旨にもとることにはならない。
又原告主張のように臨時免許状を有する者の採用も地方公務員法第二二条にいわゆる条件付任用であつて、六ケ月の条件付採用期間を経過すれば六ケ月前に遡つて正式採用としての効力を生じ地方公務員法の身分保障規定の適用を受ける関係に立ち、原告も亦臨時免許状を有するものであり、その採用は右の条件付採用の場合に該るのであるけれども、地方公務員法の適用と前記のような教育職員免許法上の解釈とは決して矛盾するものではない。
そして、前記のように当然失職の解釈をとつたとしても、原告が前記山方町立北富田小学校助教諭の身分を有することを主張して争う方法に径庭を生ずるわけではなく、権利救済に障害を招来するとは考えられない。
そうすると、前記のようにいわゆる当然失職の解釈をとつたとしても、憲法第一五条第一、二項の趣旨に違反するところはない。原告の主張は独自の見解に基づくものであつて採用できない。
(四)、原告は、本件失職の取扱いは解雇と同視すべく、しかして本件解雇は労働基準法第二〇条に違反し、かつ労使間の信義則に違背する旨主張する。
しかしながら、教育職員については、さきに説示したとおりその職務の特殊性のゆえに免許状主義が採用された結果、免許状の失効によりその資格を喪失するときは当然に教育職員たる地位をも喪失するものであるから、その間に任免権者による免職等の措置を必要とするものでないと解するのが相当である。そして本件においても原告がその有する臨時免許状の有効期間満了による失効により教育職員たる資格を喪失した結果、前記山方町立北富田小学校助教諭たる地位をも喪失したと解すべきことは前述のとおりである。ところで、本件において県教委が昭和三二年七月三〇日付原告宛文書をもつて原告に対する免許状が失効したので失職になつた旨の通知を発し、右通知書が原告に対し同年八月一日到達したことは当事者間に争いのないところであるが、右通知書は単に原告に対し失職の事実を通知しただけのものに過ぎず原告主張のように免職処分としてなされたものではないから、県教委が原告を解雇したものでないことは明らかである。
そうすると、本件においては労働基準法第二〇条の適用のないのはもとより、いわゆる労使間の信義則の適用を考慮する余地もないから原告の右主張も理由がない。
(五)、更に、原告は、原告の有する臨時免許状が期間の満了により失効するに先立ち、再度免許状の下付を受けるべく、昭和三二年六月二三日県教委に対し検定の出願をしたところ、県教委は原告に対し、検定不合格処分をした。しかし右は原告がいわゆる「焚書事件」なるものを惹起したため、県教委はこれに対する報復的措置として裁量権を濫用して不合格としたものであるから、右検定不合格処分は無効である旨主張するから判断する。
原告が、本件臨時免許状が有効期間の満了により失効するに先立ち、昭和三二年六月二三日頃免許状の再交付を受けるため県教委に対し教育職員検定願を出したところ、県教委がこれを不合格として原告に対し右検定不合格の通知を発したことは前述のように当事者間に争いのないところである。
しかしながら、仮りに原告主張のように、県教委の右検定不合格処分が裁量権の濫用等の理由により無効であるとしても、そのことによつて右出願に対し検定合格処分がなされ免許状が授与されたと同一視すべき関係に立つことになるとか、ないしは少くとも右検定出願に対しあらためて合否が決定されるまで従前の臨時免許状の有効期間が暫時延長されたと同一の関係を招来すると解すべき根拠はない。それゆえ、原告の有した従前の免許状が有効期間の満了により失効すれば、前記出願に対し新たに合格処分がなされるか、または再度免許状下付の検定出願をして新免許状の授与を受けるかしない限り、原告が教育職員免許法上の免許状を全く有しないこととなり、前叙のように教育職員たる資格並びに前記山方町立北富田小学校助教諭たる地位をも喪失するに至るものであることに何ら変りはない。すなわち、原告に対する右不合格処分が無効であるからといつて原告が依然として教育職員たる資格を保有し、継続して前記小学校助教諭の地位を持続するものと解することはできないのであるから、原告の右主張はそれ自体理由がないというほかはない。
のみならず、いずれも成立に争いのない甲第一号証、同第二、三号証の各一、二、第四号証(甲第一、第四号証については原本の存在並びにその成立も当事者間に争いがない。)乙第七号証、同第八号証の三、四に、証人木村安明、森山忠、武藤孝太郎、細貝寛保の各証言、証人島根政雄の証言の一部並びに原告本人尋問の結果を綜合すると以下の事実が認められる。すなわち
(1)、原告は昭和三一年一一月五日夜知人の訴外木村安明方を訪問して外出中、下宿先の自室で原因不明のランプの爆発からボヤ事件を起したのであるが、これを内密にしていたところ、たまたま数日後に至つて北富田小学校長訴外島根政雄の聞知するところとなり、原告の留守中右下宿先を調査されたので、原告は同月九日島根校長に対し右ボヤ事件の弁明を行つた。ところがその際島根校長は、今後は火気の取扱いに注意するよう申渡すとともに、原告が右事件当日右木村方を訪問中であつたことから、木村との交友関係、原告の読書傾向並びに偏向的教育実施の有無について言及し執拗な質問を繰返えした上、原告がいわゆる進歩的分子と交際し進歩的研究をしていると非難し、将来教育者として留る意思であるならば、そのようなことをさし控え中立的な立場を維持して教育に励むよう訓戒した。そして同校長は原告に対し右のことを遵守するため誓約書を作成し校長宛に提出し、全職員の前で誓約すること、並びに原告が所持するいわゆる偏向的な書籍出版物は焼棄する等適当に処分すべき旨強く指示した。そこで原告は、右指示に対し、前記ボヤ事件を警察等に内密にしたい意向もあり、又これに従わなければ不利益処分を受け教職員の地位も危くなるものと案じたので、翌一〇日
(イ)、今後進歩的な研究はしない。
(ロ)、進歩的な会合にも出席せず、又進歩的な人とも交際しない。
(ハ)、児童教育に熱心に励む。
旨の誓約書を同校長に提出し、同日朝の職員朝会において前記誓約書の趣旨を全職員の面前で誓約した。又同日、前記木村に宛て絶交状を郵送し、更に同日朝下宿先にて同校長から指示された書籍約八〇冊を焼棄してその結果を同校長に報告した。ところが、その後同年一二月二四日朝日新聞が右事件を学問及び思想の自由に対する侵害事件として取上げたことが契機となり、翌昭和三二年初頭にかけ各新聞雑誌の大きく報道するところとなり、いわゆる「焚書事件」として世間の注目をひくに至つた。そのため同年四月上旬には参議院文教委員会がこれを学問、思想の自由に対する侵害事件として取り上げて問題とし、続いて法務省人権擁護局、東京地方法務局人権擁護課、及び水戸地方法務局が、人権侵害事件として調査を開始し、同年九月一三日水戸地方法務局長名をもつて前記山方町教育委員会委員長宛で、「私生活の自由に関する不当干渉事件について」と題し、前記のような島根校長の行動は所属教職員に対する監督指導の権限を超えて、教職員の私生活の自由に干渉したものであり、校長として妥当を欠き基本的人権について全く無関心であつたものというべく、同教育委員長において今後このようなことが再度発生しないよう管下職員の指導監督に配慮されたい旨の勧告が出されるに至つたこと、そしてかかる事件があつたため島根校長と原告との仲は爾来円滑を欠くに至つたものであること、
(2)、又従来被告茨城県においては、臨時免許状の有効期間満了にともなう免許状の継続再下付の申請に対しては、その検定は殆んど書類審査のみで合格処分とする取扱いが慣例化されていたのであるところ、昭和三二年六月一〇日に至り当時の訴外神谷教育長は右免許状検定に関し談話を発表し、同年四月以降の再出願者に対しては、必要と認める者に対し実地の調査も併せて行い厳正な検定を実施し一層教職員の資質の向上に努める旨言明した。そこで右談話が発表されるや、訴外茨城県教職員組合において県教委に対し、免許状再出願の検定は従前通り書類審査のみで行うよう交渉した結果、県教委から、県教委が行う認定講習において一年三単位、三年九単位の修得者を基準とし、それ以下の者を対象として実地検定を実施する方針であることが明らかにされた。ところが、山方町教育委員会は県教委から原告に関する人物、実務についての調査を求められたので、調査の上昭和三二年六月二五日付で人物および実務に関する詳細な証明書を作成しその結論として原告は教師としての適格性を欠くとの意見を付したこと、又その当時水戸地方教育事務所の副所長であつた訴外武藤孝太郎は同年七月九日北富田小学校に赴き原告の授業を参観し、直接に原告に面接して調査した上、右山方町教育委員会が作成した前記証明書の記載の内容を参酌し原告の人物並びに実務を綜合判断して教育者として適格性を欠いている旨の石川事務所長名義の調査書を作成し、これを県教委に提出したので、県教育長は同年七月二二日原告は検定基準に達しないものと認定し、県教委は再出願当時既に前記実地検定基準を上廻る二二単位を修得していた原告を検定不合格処分にしたものであること、
以上の事実が認められ証人島根政雄の証言中右認定に牴触する部分は信用できないしその他右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかして、証人細貝寛保の証言によれば、山方町教育委員会が作成した原告に対する人物および実務に関する前記証明書は細貝教育長が島根校長から原告に関する意見報告を徴し主としてそれに基づいて作成されたものであることが認められるが、その当時は前認定のようにいわゆる「焚書事件」は重大な社会問題にまで発展し、島根校長と原告との間は鋭く対立していた折であつたので、島根校長の原告に対する勤評はややもすれば冷静さを欠く虞のある環境の下になされたものであることに思をいたし、山方町教育委員会としては慎重な独自な調査が望ましいところであつたし、県教委としても従来のいきさつや体面にとらわれることなく特に慎重公平な調査が必要であつたと考えられ、その点において多少慎重さを欠いた憾がないでもないけれども、県教委としては前記地方教育事務所長作成の調査書に基づいて審議した上原告を検定不合格処分にしたものである以上、前記認定の事実だけでは、県教委がした原告に対する検定不合格処分が裁量権の範囲を逸脱した裁量権の濫用であるとは認められないし、その他裁量権の濫用であると認むべき適確な証拠がないから、原告の右主張はこの点においても理由がない。
(六)、以上のとおりとすれば、原告が依然として前記山方町立北富田小学校助教諭たる地位を有することの確認を求める請求は理由がなく、又右身分を有することを前提として、一ケ月金八、八五八円の割合による未払給与の支払いを求める請求も理由がないこと明らかである。
三、叙上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)